2020 The New Earth A travel report【10】遊びと学び

2015/12/19


「2020 The New Earth A travel report-9」の続き…

遊びと学び

彼は「ちょっと失礼」と言って、僕にも彼の隣に座るように身振りで招いた。

木の切り株がうまくベンチの形に彫られている。

「こんなふうに想像してみて。
今日では誰もが自営業者。

ただし、誰も企業登録する必要なし。
だって、どこへ登録しろっていうの?

今は状況が違うんだ。
誰もが自分の興味に従っている。

これは好都合だぜ。
喜びと情熱を傾けて何かをすることができるのだから。

このような興味を通してこそ、速く学べるし、上達もする。
遊ぶことと学ぶことは同じことなんだ。

動物を見ていれば、それがよくわかる。
人間だって違いやしない。

我々は最も学びやすい方法で学べるようにした。
それが今の我々の世界だ。

遊びたいという衝動にかられて遊ぶときの喜びと情熱が、我々に速く効果的に学ぶことを可能にしてくれる。
遊ぶことの論理的副産物は、我々の能力と技量が高まることだ」

「分かるよ!2週間前にYouTubeでAndré Sternの講演を見た。
彼は学校へ一度も通ったことがないのに、かなり教養のある人物なんだ。

世間的な教養とは違う種類の教養だけど、彼は間違いなく愚か者ではない。
彼の話を聞いていると、自分がほとんど馬鹿みたいに感じる。

だけど、彼が鼓舞してくれるから、そんな思いも打ち消されてしまう。
君もそのことを覚えてる?君だってそれを見たはずだよ」

ネイサンが笑っている。
「覚えているよ。

覚えているどころか、本人にお目にかかったこともある。
彼の父親と息子ともね。

僕は彼らと少し仕事をしたんだ。
それにGerald Hüther 教授とも仕事をした。

アンドレはTVにも出演して有名になったよ。
以前よりももっと人々を励ましている。

子どもの通学をやめさせるだけだと、それに代わるものがない。
彼のおかげで、夢中になるような熱意の大切さに、人々の関心が向くようになった。

その熱意こそ、古い時代――僕たちは2016年までを、そう呼んでいる――の奴隷民が失っていたものだと思う。
人々は、今日でもなおアンドレを愛している。

人々を目覚めさせたという意味での、彼の重要性は、100年前のジークムント・フロイトやカール・グスタフ・ユングに匹敵する。
彼がいなかったら、あるいは、彼のNoCredit ――彼の言い方だよ―― がなければ、多くの人たちは、学ぶことと熱中することが、これほどがっちり結びついているとは認識できなかったよ」(訳注:creditには履修証明、履修単位の意味がある)

「つまり子どもたちは自由に成長できて、もう学校に行く必要がないってこと?信じ難いことだけどなあ」

「君の言う通りだと思うよ。
でも本当にそうなんだ。

古い校舎はそのまま残っているが、現在では違う用途にいろいろ利用されている。
そして誰も通学を強いられない。

自分の子どもに通学を強いるということは、結局、精神的にも身体的にも子どもを虐待することになる。
数時間も椅子に座り続けているよう誰かに強いることは、その人の人生に大きな影響――かつて認識されていたよりも大きな影響――を及ぼす。

そういうことを人々が悟ったとき、彼らは学校に代わるものを探し始めた。
そのとき、アンドレ・スターンは大勢の人たちを励ますことができた。

というのも、彼の周りにいた人たちは、それよりも前から学校に代わるものを探し始めていたから」
「今日の子どもたちはどうやって学んでいるの?
どんな様子を思い描けばいい の?」

「僕ならこう言おうかな。
彼らはただ生きることで学んでいるのだ、と。
学ばな ければ生きていけない。

そんなことはもう通用しない。
学校でさえもね。

当時と今の違いは、君が自分の興味のあるもの、学びたいものを選べることだ。
そして君は、同じ興味を持つ、他の人たちと共に学ぶ。

我々はそれを人生大学と呼ぶ。
君は誕生時に卒業し、あらゆる科目の、そしてみんなのための、教師であり、し かもあらゆる科目の学生である。

誰もが君から学ぶことができる。
もしそうした ければね。

そして君も、そうしたければ、彼らから学ぶことができる。
いつだっ て、このようになっていたのだ。

しかし学校は、皆にその事実が見えないようにしてしまう。
学校の外で学ばれたことは、何もかも劣っているように見られた。

修得したことを証明するものは何もない、どれほど君がよく学んでいるかなんて重要じゃない。
証明書が無ければ、その知識を利用して生計を立てることもできなかった。

『生計を立てる』なんて言い方は、すっかり古くさくなって、もうずっと使ったことなかったよ。
今日では、誰も何かを取得したり、稼いだりする必要はない。

生きるための基本的なものは(生き残るためだけのものではない)みんなが自由に利用できる。僕は、'school' が 'train'(訓練する、枝などを好みの形に仕立てる)の意味であることを知っている。

木からは学ばない庭師みたいだ。
だけど枝を刈り込んで木を 'train' する。

古いシステムの学校は、人々を訓練して標準化するためのものだった。
TVやメディアもまた人々を『教育』し、その結果も同じものだった」

「今日だと、そういうことはどう変わったの?
番組制作では何が変わった?」

「特に変わったのが、知識として伝えられていた『消費情報』だ。
今日では、我々みんなが、ある一つのことを認識している。

それは、誰かが何かを言っているからといって、それが正しいわけではないということ。
TVであろうが『学校』であろうがね。

我々はむしろ、すべての情報に対して、それがインスピレーショ ンを与えてくれるかどうかという視点で見ている。
形を与えられた情報は、いずれも相対的に受け止められている。

誰も、次から次へとエンドレスに伝えられる 真実を保持することはできない。
ある人にとって明快で理解しやすいことでも、他の人にとっては必ずしもそうではない。

だからといって、その人が愚か者であるとか、そういうことではない。
もし君がある情報に興味を引かれた場合、それは、君がさらにそれを探求するように招いているのだ。

すると我々は、以前には、そう簡単に知り得なかったもの――真の理解――にアクセスする。
実力は理論的知識ではなく、実際の経験に基づいて得られるものだ。

それは大きな違いなんだよ。
その代わり一般知識は前よりも減った。

一般知識はすべて我々の周りにあるのだから、それを自分でもっている必要はないんだ。
『百万長者になるのは誰だ』 みたいなクイズショーには、もう優勝者はいないだろうね。

幸いなことに、そのようなクイズショーはもはや必要ない。

誰も百万長者になる必要なんてないからね。
今日の富の定義は、以前とはまったく異なっている」

「どんなふうに?」僕は知りたかった。
僕にそれが想像できないからではなく、すでにそれを経験している人の口から聞きたかったからだ。
たとえその人が5年後の自分だとしても。

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