2020 The New Earth A travel report【17】OKiTALK フェスティバル

2015/12/29


「2020 The New Earth A travel report-16」の続き…

OKiTALK フェスティバル

「2016年半ば、ウィーンの近くでOKiTALKフェスティバルがあり、世界中から人々が大挙して押し寄せた。大会スケジュールなし、計画なし、舞台裏の責任者なしで、だ。入場料もなかった。それぞれの人が必要なものを持ってきて、自分のゴミは持って帰った。そんなことは以前にはなかったことだ。それは僕にレインボー・ギャザリングを思い起こさせた。(訳注:rainbow gathering。屋外で開催される、主催したい人々、または声の大きな者の合意にもとづいて開催される大規模なイベント運動)。でも、そこにいたのはレインボー・ファミリーだけじゃない。それぞれの人生を歩んでいる、あらゆるタイプの人々が集まってきたんだ。みんなが平等。それはアナーキー(無政府状態)で、ヒエラルキーの反対だ。ここで僕たちが分かったことは、アナーキーはカオスと一切関係がないこと。物事は、ここで自由に発展できた。当時、僕たちは、大量のゴミを信じ込まされていたんだぜ」不敵な笑みを浮かべて彼が言う。

「分かったよ」ネイサンのマインドが言った。僕は、それを言ってもよいと判断 した。モジョーの話は中断していなかったが、話の流れがネイサンに口をはさむ ように誘っている。もし僕たちが舞台にいるとしたら、まだネイサンの番じゃな い。ネイサンは僕の気持ちを受けて、何かを言いたい衝動を得た。そして彼の頭 の中で一番新鮮な考えを言った。「分かった。僕たちは、大量のゴミを信じ込まさ れていたのか!」
モジョーが同意するように肯く。「自分の時代に戻ったら、君がそれをするの を確認してごらん。OKiTALK フェスティバルは、突発的で独創的なアイディアだ った。バンドも予約なしだった。バンドの連中とはインターネットで個人的に知 り合い、何回か会う機会があったので、僕たちはみんなそこへ出かけていった。 僕たちは自分自身のスターなんだ。ルールは簡単だ。最長2週間まで。その後は 跡形も無く去らねばならない。それが入場費用だ。最初の日は、車、キャラバン、 トラック、干し草とあらゆるものを積んだトラクターが、何百台か到着した。
3日目になると数千もの、掘っ立て小屋、テントや家が至る所に出現した。出鱈目 な配置ではなく、周りにスペースを取り、道路や通路も確保されていた。夕べに は、みんなで大きな火を囲んで座った。想像してみて。中央の火の周りに、数千 人の人たちが輪になって座っている。ドラムの音が聞こえてくる。ギター、バグ パイプ、ディジェリドゥーの音も。(訳注:didgeridoo。アボリジニの楽器。枯 れたユーカリの木の中をシロアリが食べて空洞になったもの。トランペット式に 吹き込む)。輪の中央で大勢の人達が歌い、踊っている。突然、音程が一定の高さ になった。みんながその音に合わせてハミングし出した。誰も合図していない。 ただ、太鼓の音が止んだのだ。同じ高さで歌っている声しか聞こえない。その声 は、どんどん大きくなっていった。みんなが歌っている。君もだよ。そしてその 歌声は叫びになった。攻撃的な感じでもなければ、ひどく興奮した感じでもない。 むしろ、大人のクマに近いかな。クマみたいじゃないにしても、僕の言っている ことわかるかな。こんな感じだよ。 HUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHH!! ドラムが突然鳴り出して、みんな飛び上がって笑い、歓声を上げていた。そし て彼らはみんな踊り始めたんだ。そこら中で人々はハグしてキスしていた。
二日後にステージ設営会社の大きなトラックが到着した。そのボスがウィンク して、しばらくの間ステージを設置したままにしてもいいか尋ねた。彼は、フェ スティバルを手伝うつもりで、自分のチームを率いてここに来たのだ。OK が出 た。 簡単に説明しよう。皆が携帯やウェブカメラを取り出して、自分が知っている バンドをここに招いた。その夜、最初の三つのコンサートが行われた。ひどいバ ンドだったが、雰囲気は素晴らしかった。
それが始まりだった。2週目の初めに ニーナ・ハーゲン(Nina Hagen)がステージに立ったのを機に、コンサートビ デオが外された。それまで何千、何万のビデオが流されていて、その中には有名 なバンドも含まれていた。その週の終わり頃には、大きなステージは7つになっ ていた。登録を済ませたバンドに対し、人々が次に演奏するバンドに投票する。 どのバンドも、もっとも投票の多かった時間枠で演奏しなければならない。他に もたくさんのリサイタルが、そこかしこの小ステージやテントで行われた。スペ ースがきつくなると、そこでもやはり投票が行われた。アナーキー・キャンプの デモクラシーだ! 2週目の終わりには、ざっと150万人がいた。200万まではい かないだろうが、僕たちには推測することしかできない。ものすごい数の人たち が、デモンストレートしたんだよ。自分の面倒は自分で見れるし、しかも一緒に なってたくさん楽しめることをね。それは巨大なピース・デモンストレーション だった。何かに反対するのではなく、こうして僕たちがお互いに平等に生きられ ることを示すためのデモンストレーション。当時、そのまとめ役のプラットフォ ームが konsensieren.eu だった。諸問題に関する合意を見出すのに必要なもの を、すべて提供してくれた。つまり、あらゆる人の興味が尊重されたということ だ。誰もが、自分の考えていることを表明するための、平等な機会と権利を持って いた。そして誰もが建設的に参加できた。だって、すべての提案が考慮される機 会を得たのだから。それは、SC ―― systematic consensus ―― の原則に基づ いて投票されたんだ。今日ではほとんどの人が SC アカウントを持っているが、 多くの人たちは、それなしでどうにかしているし、もうほとんど利用しない人も いる。
何か解決すべきことが出てきた場合、潜在的に全世界が君を助けることができ る。当時の Facebook と同じだよ。誰でも、その問題に対する意見をつけ足して、 自分の考えをシェアし、フィードバックを得ることができただろう。今日でも僕 たちが同じことをしているのが分かるよ。ただ別の方法――建設的かつ合意的な 方法――でだけど。OKiTALK フェスティバルとそれに続くたくさんの他のギャ ザリングでは、konsensieren.eu のアカウントを取得することで、誰もが問題解 決に寄与できたし、助けも得られた。プラットフォームから、多くの解決案を迅速 に引き出せることが明らかになった。僕たちが政治システムを無効にするのに、 さして時間はかからなかった。それは誰にとっても、もはや何の意味もないもの だった! 政治家たちでさえ、その現象の論理性に言葉を失った。そういうこと が、僕たちの目の前で米国で起きたんだ。僕たちは立ち上がり、自分たちの問題 を自分たちで解決し始めた。僕たちは、他者――何もせずに、ただ話すだけ―― を頼みに待ち続けることに飽き飽きしたんだ。最初の政治家たちが自分の SC ア カウントを作ると、政治はあっけなく消えた。クーデターは必要なかった。暴動 も、感情的なスピーチも、幕引きの祝賀会もなかった。それはただなくなった。誰 ももう一切興味がなかったからだ。森に咲いている一輪の花みたいだ。枯れて腐 っても誰も気付かない。今度は別なものが僕たちの興味を引いた。Terra Nia 、僕 たちの地球だ。僕たちの足下に横たわり、そこから世界へと平和を広め続けてい る地球。

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